Share

第237話 幸せ者

Author: 甘梨鈴
last update publish date: 2026-06-09 17:00:48

 赤みを帯びた茶色の髪は、低い位置でゆるやかにまとめられ、深い緑を基調としたドレスは、動きやすさを考慮した装いになっている。

 背筋をまっすぐに伸ばし、大きな瞳をきらきらと輝かせて、エマを見つめていた。

 かつて、彼女の結婚式で、女神の祝福を贈ったことがあった。

「セレナ嬢?」

「エマ様っ! ご結婚おめでとうございます!」

 アレシオン伯爵の一人娘、セレナ・アレシオンだ。

(あれ? この前、結婚式を挙げたばかりだよね? なんでここに?)

 疑問に思うも、尋ねられる雰囲気ではない。

 右側の参列席に視線を移すと、またもや意外な人物が立っていた。

(クロエ?)

 どうやら、オスティン帝国の文官代表として参列しているようだ。

 帝国の麗しい文官は、紺色のドレスに栗色の髪を結い上げ、濃い睫毛を揺らす。

「エマヌエーレ様。ご結婚おめでとうございます」

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる   第247話 出迎え

     玄関前には使用人が一列に並んでおり、一斉に頭を垂れる。年配の執事を先頭に、侍女やメイド、下男に庭師の姿などが見える。  ルシアンが先に馬車から降り、次にエマの手を取って支えた。  エスコートされながら、ゆっくり降り立つ。  今日のエマは、外出用の法衣に薄手の外套を纏っただけの、簡素な装いだ。  しかし、金の髪は艶やかに光り、黄水晶の瞳は輝いている。 「ここが、ルシアン様のお屋敷なのですね」 「今日から、貴方の住む屋敷ですよ」  ルシアンが優しい声で答えた。  彼はいつものように、銀色の長い髪を一つに結び、藍色の薄い上着を羽織っていた。中は淡い生成りのシャツ一枚で、初夏らしい軽やかな服装だ。  ルシアンは、自分の家に帰ってきたからか、気楽な様子が見える。  そこへ、白髪交じりの執事が、にこにこしながら声を掛けてきた。 「お帰りなさいませ。旦那様。ようこそいらっしゃいました。奥様」  丁寧に頭を下げて、領主の帰還と、新たな主人を歓迎する。 「ご苦労。今日からこの屋敷に住む、私の妻だ。エマを迎える支度は整っているか?」 「はい。すでに部屋を整えておりますが、奥様の好みもおありでしょうから、最低限に留めました。今後は、奥様のご意見を伺いたく存じます」  どうやら、すでにエマのための部屋を用意してくれているらしい。 (一ヶ月しかなかったのに……すごいなぁ)  引っ越しの準備でさえ慌ただしかったのに、迎え入れる側のお屋敷の人たちはもっと大変だっただろう。  執事に礼を言おうと思った、そのとき。  使用人たちの列が、静かに左右に分かれた。  屋敷の正面玄関、その奥から一人の男性が姿を見せる。 「ルシアン、帰ったか!」 「っ、父上!」  ルシアンが驚いた声を上げる。  漆黒の髪に、深紅の瞳。精悍な顔つきに引き締まった体を持つ、壮年の男性。 (うわぁ……皇太子殿下に似てる!)  ひと目で、ソルティアン大公だと分

  • 神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる   第246話 デイモンド領のお屋敷

    「すごいですっ! おめでとうございます!」  エマは喜びに目を見開く。  公爵家の後継者になるということは、ルシアンの実力や功績が認められたということだ。 (さすがルシアン様っ! すごい!)  エマは思わず抱きついて、ルシアンを祝福する。 「本当にすごいです、ルシアン様っ!」 「貴方のおかげです」  ルシアンも、エマをぎゅっと抱きしめてくれた。  愛しさのにじむ声で、エマに囁く。 「この指輪は、大公家の証です。貴方を守ってくれますから、決して外してはいけませんよ」 「っ、はい、ルシアン様っ」  エマはしっかりと頷いた。  これ以上はない、強力なお守りだ。  ルシアンの想いが嬉しくて、胸がいっぱいになった。 「ありがとうございますっ! 僕、頑張りますね!」  ルシアンは、エマのために決意してくれた。  だからエマも、妻としての役目を果たすつもりだ。 (社交界なんて、初めてだけど)  聖樹だった王妃や王太子妃も、いまや立派な王族として務めを果たしている。  エマにだって、できるはずだ。 「その気持ちは嬉しいですが。まずは、デイモンド領での暮らしに慣れることから始めましょう」 「はい。ルシアン様のご実家ですから、楽しみです」  エマが答えると、ルシアンがちゅっとキスをしてくれた。+ + + 十日間の馬車旅は、長いようで短かった。  ランダリエの国境を越えるまでは、馬車の進む先々で、たくさんの祝いの言葉をもらった。  街では王宮の馬車に乗るエマを、平民たちが取り囲むようにして、祝いの言葉をかけてくれる。 「聖樹様っ、おめでとうございます!」 「聖樹様、バンザイ!」  護衛をする騎士たちは大変そうだったが、宿泊先の貴族の館でも歓待を受け、誰もがエマの結婚を喜んでくれた。  帝国に入ってからは、ルシア

  • 神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる   第245話 後継者

    「レヴィネージュ伯爵家には、よくオメガが生まれるそうです。そのため、昔から薬草学に力を入れていて、オメガにも理解があります。母はデイモンド領で平民のオメガを保護して、仕事を与える事業も行っているので、領地自体が、オメガに対する偏見が少ないのですよ」 「そうなのですね。僕も受け入れてもらえそうで、安心しました」  オメガに優しい場所というのは、誇張でなく、本当のことなのだ。 「母も領民も、エマを歓迎しますよ。貴方はランダリエの聖樹ですから」 「聖樹と言っても、神殿で育っただけのオメガですよ?」 「貴方は、女神の愛し子でしょう?」  ルシアンが楽しげに笑みを浮かべる。  エマが唇を尖らせると、諭すように優しく言った。 「貴方は特別な存在です。そのように振る舞うべきですよ。それが、貴方の身を守ることにもなります」  ルシアンの声には、重みがあった。  デイモンド領ではオメガへの偏見がないにしても、帝国全体で見れば、やはり蔑視対象である。 (ルシアン様のお母様が、大公様との結婚を認められなかったのも……きっと、オメガだったからだよね)  エマがルシアンと結婚できたのは、エマがランダリエの聖樹だから。  帝国のオメガだったら、きっと正妻にはなれなかった。 (僕、すごく恵まれてるんだ)  エマは唇を引き結び、コクンと頷いた。 「分かりました。僕、ルシアン様が恥ずかしくないように振る舞いますね」 「あまり気負うことはないですよ。デイモンド領では、自由に過ごして構いません。社交界に出る必要もありませんが、もし行ってみたいと思うなら、万全の体制でエスコートします」 「社交界ですか?」 「貴族が集まって、社交を行う場です。皇族主催のものから、高位貴族の夫人が主催するものなど、様々です」 「あ、お茶会のようなものでしょうか?」  前に庭園でルシアンとお茶を楽しんだことを思い出す。  ルシアンは優しく微笑んだ。 「そうですね。貴婦人や令嬢たちは、そ

  • 神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる   第244話 ルシアンの母

    「奥方様が、このように美しい方だったとは!」 「閣下に釣り合う女性などいないと思ってましたが、さすが聖樹様ですっ!」 「おい、ジュリアン。お前、なんでもっと早く教えてくれなかったんだ!」 「俺は話したぞ!? 天使のような御方だって!」 「こら、お前達! 静かにしないか! 奥方様の耳に入ったらどうする!」  隊長格の騎士が諫めるが、興奮はおさまらないようだ。  馬車の中にいても、騒ぐ様子が聞こえてきて、エマはちょっと恥ずかしかった。 「ルシアン様。皆さん、僕のことを美化しすぎではないでしょうか?」 「そんなことはありませんよ。貴方が美しいのは本当のことです」 「でも、ルシアン様の方が美しいですっ」  エマはルシアンを見上げて、真面目に返した。 「ルシアン様の銀色の髪も、宝石みたいな瞳も、見惚れてしまいます」 「エマは本当に、可愛いことばかり言うのですね」  ルシアンは目を細めて、エマの唇にキスを落とす。 「んっ、ルシアン様」 「早く、屋敷について欲しいです。貴方が欲しくてたまらない」 「もうっ……デイモンド領までは、馬車で十日は掛かるのでしょう?」 「ええ。長旅になりますが、皇都よりはずっと近いので、辛抱していただけると助かります」 「もちろんです。ルシアン様と一緒の馬車旅は、初めてですね!」  エマはワクワクしながら、ルシアンを見上げる。  前は、エマの体調が悪く、馬車の中ではずっと寝ていた。そのため、今回はルシアンと初めての旅行気分なのだ。 「僕、外国に行くのは初めてなんです。ランダリエでも、アレシオン伯爵領やアズレーヌの街くらいしか行ったことがなくて。外の景色が新鮮で、楽しいですっ」 「気になるところがあれば、立ち寄ることもできますから。遠慮なく仰ってください」 「はいっ」  エマは頷いて、ルシアンに寄りかかる。  馬車の中は、二人きりだ。  ルシアンがエマの腰を抱き、優しい眼差しを向けてく

  • 神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる   第243話 番の儀式

     エマの返事を受け、王太子はルシアンに問いかける。 「デイモンド伯。これよりそなたは、エマヌエーレを唯一のオメガとして番を結ぶ。この先、オメガを含む他の女性にも、反応することはなくなるだろう。構わぬか?」 「女性にも、反応を示さなくなるのですか?」  ルシアンは驚いたように目を見張る。  一般的に、アルファはいくらでも番を持てるし、アルファやベータの女性とも子を設けることができる。  王太子は神妙な顔で頷き、ルシアンに説明した。 「この番の儀式は、お互いを唯一とするものだ。帝国民であっても、効果は変わらぬだろう」 「……王太子殿下は、そうなのですか?」 「うむ。私はアウレア以外の者には、関心がなくなった。欲しいと望むのは、己の番だけだ」  きっぱりと答える王太子に、ルシアンが頷く。  その表情は、晴れやかだった。 「ならば、問題ありません。私が欲しいのは、エマだけですから」  ルシアンの甘い眼差しが、エマに注がれる。 (ルシアン様っ! 本当に、僕だけを望んでくださるんだ)  嬉しくて、またうるうるしてしまう。  王太子は穏やかな顔で、小箱の蓋を開けた。中身が見えるように、エマたちの前に差し出す。  柔らかな絹のうえに、小さな丸い珠が一つ入っていた。  乳白色だが、パールのような光沢があり、うっすらと金に染まっている。 「っ……これは」  ルシアンが驚いた顔で、珠を見つめた。  そして、エマを振り向く。 「この珠は、貴方のものですね?」 「はい……私の、聖樹の実です」  エマは頬を染めて頷いた。  聖樹の実……それは、聖樹と番になる者しか知ることのできない、特別な実だった。  厳重に管理され、番の儀式のときに、アルファへ差し出される。  二センチほどの大きさの実は、一見すると固そうにみえるが、口に含めば柔らかく溶ける。 「デイモンド伯。聖樹の実を食すことで、そなたはエマヌエーレの番となる

  • 神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる   第242話 側にいてくれた

     ルシアンに寄り添うと、大好きな声がエマを呼んだ。 「エマ。貴方の伴侶になれたことは、私の人生で一番の幸福です」 「ルシアン様っ」  思わずルシアンを見上げ、エマは瞳を潤ませる。  甘い眼差しに胸をときめかせていると、セレナ嬢がにっこり笑った。 「私達の杞憂でしたね。エマヌエーレ様、デイモンド伯。いつまでも仲睦まじくお過ごしください」 「ありがとうございます。セレナ嬢」  エマも笑顔で礼を述べた。  続いて、後ろの長椅子に移動すると、ルシアンの従者ノエルが待っていた。  ノエルは笑顔を浮かべて、エマとルシアンに頭を下げる。 「ルシアン様、エマヌエーレ様。このたびは、ご結婚まことにおめでとうございます」 「ありがとう、ノエル」 「エマヌエーレ様を、ルシアン様の奥方様としてお迎えできること、仕える者として、これ以上の喜びはございません」  熱のこもった言葉は、お世辞でもなさそうだ。  ノエルはニッコリと笑ってエマを見る。 「ルシアン様がご結婚を決意なさるとは、誰も思っていませんでした。エマヌエーレ様にはお礼申し上げます」 「ノエル。余計なことを言うな」 「お屋敷に戻られれば、すぐに分かることですから」  ノエルの返事に、ルシアンが眉をしかめる。  はっきり聞いたわけではないが、どうやらルシアンは独身を貫くつもりだったようだ。 (でも、ルシアン様は僕を選んでくださったんだ)  そう思うと、嬉しくなった。  ノエルに礼を言って、最後にエマの側仕えが待つ長椅子へ移動した。 「エマ様~、とても素晴らしかったです~!」 「女神の祝福を頂くとはっ! さすがエマ様ですわ~!」  はしゃぎ声をあげるシーシとスースの隣で、ナタリナが涙を浮かべている。  歯を食いしばっているようだが、エマを見つめる瞳は濡れていた。 「ナタリナ?」 「ッ……あの、小さかった、エマ様がっ! こうして望まれた方の元へ嫁が

  • 神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる   第43話 ナタリナの優しさ

    「おい、見てみろ。メス犬がさっきからよだれを垂らしてるぞ」 「レオナール様へ媚びているのでしょう」 「浅ましいメス犬だ」 「仰るとおりです。レオナール様」  従者はレオナールのグラスにワインを注ぎ、給仕を済ませてから、再びベッドへ近づいた。  エマを見下ろし、蛇のように醜悪な笑みを浮かべる。 「レオナール様。このメス犬が、レオナール様への無礼に許しを請うまで、じっくり躾けましょう」 「コイツは物覚えが悪いからな。しっかり頼む

    last updateLast Updated : 2026-03-21
  • 神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる   第39話 渡せたお守り

     カァッと頬を赤く染めて、エマは視線を逸らした。 「フフ。またいずれ、その機会があれば」 「っ! 本当ですか!」  バッと勢いよく振り返る。  ルシアンは驚いたように目を丸くした。 「ぁ……す、すみませんっ!」  エマは耳まで真っ赤にして、両手で顔を覆った。 (バカバカ! ただの社交辞令なのに!)  本気にするなんて、恥ずかしすぎる。  エマが羞恥に黙り込むと、ルシアンがクスクスと笑った。 「可愛いですね、

    last updateLast Updated : 2026-03-21
  • 神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる   第32話 お詫びの品

     ルシアンの瞳はルビーのように煌めいて、いつも優しくエマを見つめるのに。 (あっ。今日はルシアン様もいらっしゃるかな?)  エマは懐に手を当て、忍ばせた小さな袋を確かめた。  ルシアンへのお礼にと、朝のうちに急いで用意したお守りの袋だ。  今日は王太子もレオナールもいないので、隙を見て渡せるかもしれない。 (ルシアン様っ)  昨夜の、甘い眼差しと、体に触れた手を思い出すと、奥がきゅんと疼く。  中に入った静香石が、クルンと動いて、思わず

    last updateLast Updated : 2026-03-20
  • 神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる   第33話 意見が割れる

     その刹那、気の緩みを見透かしたように、皇太子がふと口を開く。 「ダリウ殿下の奥方は、体調が優れぬそうだな」 「は、はいっ。皇太子殿下」  エマは姿勢を正し、あわてて答えた。 「王太子妃殿下はご体調を崩されやすく、たびたび静養が必要となりますため、本日は王太子殿下がお傍に付き添っておられます」  エマの答えに、皇太子はわざとらしく肩をすくめた。 「客人を放って、奥方の看病とは。ずいぶんと、愛妻家でいらっしゃるようだ」 「はい。王太子ご夫

    last updateLast Updated : 2026-03-20
More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status